味覚にも教養にも味わい深い?餅が登場することわざ

餅もことわざも味わい深いものです。「餅の中から屋根石」「餅搗きと喧嘩は一人でできぬ」「木に餅がなる」「一升の餅に五升の取り粉」……

今では杵と臼で餅を搗くことが少なくなってしまいました。

 正月も六日目ともなれば、飽きるほど餅を食べたという人もおいででしょう。それに追い討ちをかけるわけではありませんが、餅が関係することわざを「成語林」(旺文社)から拾い出してみました。(解説は私がアレンジしています)

●餅食って(から)火に当たる
 餅を焼かずに食べ、そのあとで腹をあぶるという意味で、何かをするときの順序が逆ということです。
 同じようなものに「泥棒捕らえて縄をなう」があります。

●餅の中から屋根石
 屋根石というのは、古い家屋などで、屋根が風で飛ばないようにのせておく石のことです。餅の中からそんなものが出るはずはなく、現実にはありえないことをいったものです。

●餅は粉(こ)で取れ
 餅をきれいにのすなら取り粉を十分に使いなさい、ということ。つまり、物事は適切な方法でやりなさいという教訓です。

●餅は餅屋
 これはよく知られていますね。物事にはなんでも専門の道があり、プロに任せれば問題ないということ。
 この成句には同じ意味のものがたくさんあります。つまり、それだけ身近なことなのでしょう。
 参考までにいくつかあげてみましょう。
「酒は酒屋に茶は茶屋に」「蛇の道は蛇」「芸は道によって賢し」「船は船頭に任せよ」「船に乗れば船頭任せ」「田作る道は農に問え」「仏の沙汰は僧が知る」「弱くても相撲取り」ほか。ごもっともです。

●餅は乞食に焼かせろ、魚は大名に焼かせろ
 餅はときどき表裏を返しながら焼いたほうがいいので、早く食べたくてせっかちに返しを繰り返す乞食に焼かせるとよく、魚は物事に鷹揚な大名に焼かせるといい、ということ。

●餅を搗く力と子を生む力は親はくれぬ
 餅搗きも出産も大変な力が必要ですが、親に力を借りることはできません。だから自分の力でやるしかないということ。

●餅搗きと喧嘩は一人でできぬ
 臼と杵で餅を搗くときには、杵で搗く人と、裏返したりする人がいなければ搗けません。それと同じで、喧嘩も一人ではできないということ。

●餅腹七日
 餅は米の密度が濃く、同じ一口でも米の量が多いので腹もちがよいということです。「餅腹三日」ともいいます。

●意見と餅はつくほど練れる
 餅はよく搗くほど練れて粘りが出ます。人間もそれと同じで、他人の意見よく聞く人ほど人間性が練れて磨かれるという教訓です。「意見と餅はつくがよい」とも言います。

●隣の餅も食ってみよ
 世間に出ていろいろなことを経験してみると自分のためになっていいという例え。「他人の飯も食ってみよ」というものもあります。

●木に餅がなる
 現実にはあるはずがないという意味から、信じがたいほど話がうますぎるという例えに使われます。

食うた餅より心持ち
 ちょっと駄洒落じみていますが、贈り物をいただいたときなどは、その品物よりも相手の気遣いがうれしいという意味です。
 「搗いた餅より心持ち」ともいいます。

●朔日(ついたち)ごとに餅食えぬ
 直接の意味は、一日(ついたち)に餅を食べられるのは正月だけで、二月一日や三月一日など、毎月一日(ついたち)に食べられるわけではない、ということ。
 これが転じて、一度いいことがあったからといって、いつもいいことが起きるわけではない、という戒めとなったものです。

●絵に描いた餅
 これはよく知られている格言ですね。役に立たない無意味なことで、「画餅」ともいいます。

●上戸(じょうご)に餅 下戸(げこ)に酒
 上戸は酒が好きな人、下戸は酒を飲めない人のこと。
 酒飲みに餅をすすめ、飲めない人に酒をすすめるのでは、せっかくの好意もだいなしとなってしまいます。ありがた迷惑の例えです。

●栄華の上の餅の皮を剥く
 華やかに栄えた人は贅沢になってしまい、餅の皮さえ剥いて食べる、という意味。これが転じて、度を超した贅沢をすることをいうようになりました。

●一升の餅に五升の取り粉(こ)
 直接の意味は、一升の米で餅を搗き、お供え餅のようにひとつひとつ小さな餅に丸めていくと、まぶす取り粉は五升も必要になるというもの。
 このことから、何か事を起こすときには、その事自体よりも、関連する事柄のほうに尽力しなければならないという例えになったもの。

 いくつものことわざが登場しましたが、本物の餅同様、どれもなかなか味わい深いですね。
 これらのことわざを思い浮かべながら餅を食べれば、またひと味違うかもしれません。

成語林
故事ことわざ慣用句