
●「酒なくて何の己(おのれ)が桜かな」
世の中にはこういう人も多いと思いますが、これは、酒がないのでは花見の気分になどなれないということを言ったものです。
とにかく、何はなくとも酒、という心境のようですから、「花より団子」というタイプかもしれません。
桜といえば、やはり〝散る〟ことにかなりの存在感や価値観をもたれているようで、それを表したことわざもあります。
●「散るは桜 薫るは梅」
桜はさっと咲いてさっと散るところがよくて、梅はいい香りがするのがすばらしいという意味。
散り方の美しさをストレートにほめたたえています。
●「月は惜しまれて入(い)り桜は散るをめでたしとす」
直接の意味は、月は〝まだ眺めていたいのに〟と、人に惜しまれながら沈み、桜は〝花の盛りからたちまち散ってしまうところがいい〟というもの。
これが転じて、人も惜しまれているうちに潔く身を退くほうがいい、という教訓として使われるようになりました。
同じような意味のことわざに、「散る時には散るが花」というものがあります。何事につけ、未練がましくしがみついているのはイメージがよくないようです。

●「世の中は三日見ぬ間に桜かな」
これは、江戸時代の俳人、大島蓼太(おおしま・りょうた)の俳句がもとになったもので、めまぐるしく移り変わる世の中のことを、たちまち散ってしまう桜の花になぞらえたものです。
時が経つのは早い、と感じるのは、昔も今も同じのようです。
「三日見ぬ間の桜」とも言います。
●「人は武士 花は桜」
人で優れているのは武士であり、花で美しいのは桜であるということ。
同じ意味のものに「花は桜木 人は武士」「人は武士 花は三芳野」などがあります。
●「梅は伐れ 桜は伐るな」
これは人生訓などではなく、木の手入れの仕方をそのまま言ったもの。
梅の木は、新しく出た枝を剪定しないと、実のできがわるいので伐りなさい、桜は伐ると腐りやすいから伐らないほうがいい、という教えです。
「桜伐るばか梅伐らぬばか」とも言います。
というわけで、咲いてよし、散ってよしの桜は、鑑賞の仕方も人それぞれというところです。じっくりと花見をお楽しみください。
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